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「勝間式超ロジカル家事」勝間和代

我が家は結婚してからずっと共働きでやってきた。子育てに義父母の力を借りているとはいえ、自分たちである程度の家事はこなさなくてはいけない。そんなこともあり、家事の時短はずっと課題になっていた。

ルンバを購入して、毎日家の中をぐるぐるさせて、家を購入する際に食器洗い乾燥機をビルトインさせた。特に食洗機は1日に2~3回も回す日があり、無くてはならないものになっている。

今回取り上げる「勝間式超ロジカル家事」はそんな掃除や洗い物だけで無く、調理・洗濯・収納にまで踏み込んでいて、更に家計・ファッション・健康管理まで言及している。(正直なところ題名から行くと家計はほかの本で詳細に説明しているので、そちらを読んだ方が良いと思う。)

調理に関しては、ヘルシオを最大限活用した時短調理を紹介しており、更に扱いやすい野菜、肉、魚介類が説明付きで一覧表になっており、今後の料理の際に参考にしたいと思った。

洗濯については平干しネットを利用した乾かし方が紹介されており、今までのつるす方式よりかなり効率的に見える。しかし、子供が小さいうちは遊び道具になってしまう危険性が高いので、ある程度大きくなってからか子供が入り込まない場所に干すところがあれば問題と思われる。

家計管理に関しては「お金は銀行に預けるな」の方が詳しく言及しているので、そちらを読んだ方が良い。

このような本は、すぐさま役に立てなくても自分の頭の中に入れておき、今使っている家電が壊れたときや、家事のやり方を変えなくてはいけない場面が出てきたときのためにざっくり憶えておく、頭の引き出しに入れておくようなのインデックス的な使い方が良いと考えている。例えば、今現在ヘルシオのような蒸し機能がついていない電子レンジしか無いとしても今後新しく電子レンジを購入するタイミングで本を読み返して参考にするのが良い。そのためにもこの本は手元に置いておきたい。

 

蛇足:

細かいことだが表現の揺れが一カ所あった。P145の小見出しでは「平置きネット」とあったが、本文では「平干しネット」となっていた。

 

「幕末転勤物語 ~一五〇年前の家族日記~」(NHKスペシャル)

NHKスペシャル「幕末転勤物語 ~一五〇年前の家族日記~」を見る。

自分が転勤(単身赴任)をしていて、結構つらい思いをしている。ほかの家族がどのような思いで、転勤しているか見てみたかった。

古くは菅原道真から、どこの国でも、どの時代でも転勤というのは発生する。自分の会社生活も15年が過ぎているがこれまで大きな転勤は2回経験している。1回目は独身であったこともあるが、割とすんなり受け入れることができた。転勤してから結婚して、子供ができたがそれまでは良かった。その後家を建てるとそれまでのように行かなくなる。共働きで子供を隣の義父母に見てもらっているのであればなおさらである。いくつかの理由により去年からさみしい単身赴任生活が始まった。

今回見た幕末転勤物語は、柏崎日記、桑名日記をドラマ化したものである。この柏崎日記、桑名日記は江戸時代末期の話であり、桑名藩に仕えていた渡部平太夫、勝之助親子のうち勝之助が桑名藩から柏崎に転勤した際に親子で交わした交換日記である。この日記にはこの時代の柏崎、桑名のそれぞれの土地、風俗などを記してある第一級の史料になる。この日記を元にした本も数多く出版されている。

ドラマの合間には日記を記した渡部平太夫、勝之助の子孫が登場している。子孫もNTTにつとめているが、やはり転勤族のようでこの映像に出てきたタイミングでは異動願いを出していたが、異動がかなわなかった場面を映し出していた。年齢も今の自分と同じくらい。少しさみしそうだった。

それにしても江戸時代だから家族帯同で転勤しているのかと思ったら勝之助家族は長男を桑名に置いていった。ドラマ上ではあまり詳しく説明していなかったが、おそらく平太夫、勝之助親子の2家族が同時に出仕している関係で、平太夫側に何かあった場合に養子縁組できるようにして、2家族出仕の状態を続けたいからに見えた。

結局勝之助は妻と生まれたばかりの娘を連れて転勤先に向かっていった。離ればなれになった親子それぞれの悲しさを思うとつらくなった。

ドラマの中はあまり良い結果になっていなかったが、最後に現代の渡部さんが話題にあがった。ドラマに後に宮崎への転勤があったが、そのままその地に腰をおろしたそうだ。最後の最後でちょっと希望が持てて良かった。

「夫の悪夢」藤原美子(文春文庫)

 最近エッセイを読むのにはまっている。

 気づくと読んでいる本の半分以上になってしまうほどである。文庫本だとよく巻末にその文庫の同じ分野の本が紹介されている。たまたま読んだエッセイの巻末の一覧にエッセイの一覧が掲載されていて、興味があるものを抜き出して片っ端から読んでいる。今回の「夫の悪夢」もその抜き出した一冊だった。

 興味を持ったのは、著者の夫である藤原正彦の「国家の品格」、「若き数学者のアメリカ」などを読んでいたからで、このような人の妻だったらさぞかし、毎日が大変なんだろうとぼんやり考えていたからである。さらにタイトルの「夫の悪夢」の悪夢のところで大変さを暗示しているように見えた。

 しかし、読んでみると予想外に夫婦仲、家族愛が文章からにじみ出ていて一気に読み切ってしまった。その読後感もなかなかのものだった。

 特に良かったのは毎年夏に家族全員で信州に行き夏休みを過ごしかたを述べた作品だった。都会から離れ、田舎で野菜を育てる、集中して仕事に取り組めるというところは著者が心の底から楽しんでいるところがその美しい文章の行間からにじみ出ていた。

 このような文章を今頃になって発見するとは自分も本読みとしてまだまだ甘いことを気付かされた一冊だった。

 

「騎士団長殺し」村上春樹

村上春樹の小説には大きな特徴がある。

文章の記述は平易で詳細を極め、読者の興味を引き、目の前に映像を見せるがごとく微に入り細にわたる描写を行っていくが、全体を振り返るとその内容がぼやけ、今まで見せられていた映像が霧で覆われていく。

今回も主人公自身の身の回りに起きたことを中心に細かく細かく書き込んでいくが、それが返って全体を見にくくしている。この詳細と全体のずれが最大の魅力である。

しかし、小説を量産しすぎだろうか、年齢から来るのだろうか、井戸・こびと(のようなもの)など今までのモチーフがほとんど過去の作品で使われたものを流用しており、話の大枠を今までの西洋的なものから東洋的なものに変えただけとなっている。

さらに、伏線で回収していないものがあるので、1Q84の時のように第3部が出版される可能性が高いと個人的に思っている。

大いなるマンネリを見せながらも、ついついページが先に進んでしまう。それは平易な文章でときどきユーモアをぶっ込んでくる村上春樹の魅力なのである。

特に第2部の後半の異世界に入り込んでいるところを読んでいると、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読みたくなってしまう。今までのモチーフを使っているのも過去の作品に目を向けようとしている作者の深謀遠慮なのかもしれない。

そう考えるとこの小説は本当に恐ろしい。

 

「すみだ北斎美術館」に行く

 すみだ北斎美術館墨田区にあり、JR両国駅の近くにある。昨年11月に開館した葛飾北斎の作品を収集した美術館である。
 葛飾北斎は、江戸時代の画家でその生涯のほとんどを墨田区内で過ごしており、区民の誇りとしてその作品を収集し、公開を行っている。
 場所は両国駅から歩いて10分くらいのところにある。公園が併設されており、その中には遊具もあり、たくさんの子供たちが体を動かして遊んでいた。また、移動販売もいて近所の人の憩いの場のようになっていた。公園の奥に美術館があるが、新築と言うこともあり、シルバーの外観が光り輝いているように見えた。遠くで見ても近くで見てもかなり存在感がある建物だった。

 昨晩から翌日の予定が無いことはわかっていたが朝起きてから考えることとして眠ってしまった。朝起きたときにふと頭に湧いたのが北斎美術館である。特に前々から行くことにしていなかったのだが朝起きたときの気分が北斎だったと言うくらい軽い気持ちだった。

 行った時期には特別展が開催されており、「すみだ北斎美術館を支えるコレクター-ピーター・モースと楢﨑宗重 二大コレクション-」が開催されていた。常設展と特別展を両方見ると1000円かかる。

 特別展で特に記憶に残っているのは「地方測量之図」というものである、少し前に伊能忠敬記念館に行き、測量の行い方、大変さを見てきたからだろうか。絵の中の測量の作法、仕草の一つ一つを道具と重ね合わせながら見ていき、当時の測量に思いをはせた。

 常設展では、葛飾北斎の幼少期から死までの生涯をそれぞれの世代に区分し、その時期の作品と併せて紹介していた。特に印象に残っているのは滝沢馬琴との丁々発止のやりとりと思われるところ。滝沢馬琴の作品の挿絵を描いていたが、作品の内容に忠実に書かず、自分の作品として挿絵を描いていたことが印象的だった。

家族で阿寒湖へ行ったが大変なことになった

家族で阿寒湖へ行って、遊んだが大変なことになったのでそのお話。書き出してみると結構な大作になってしまった。

1.家族で阿寒湖へ

久々に自宅に帰ることになり、みんなでどこかに出かけようという話になった。3連休ではあるが、ほかに予定もあるので、近場の温泉ということで「鶴雅ウイングス」に一泊することになった。鶴雅ウイングスは北海道釧路市の阿寒湖のほとりにあるホテルで、元々は鶴雅本体の隣にあるライバルホテルだったが、休館となったため鶴雅が買い取り、改装して鶴雅ウイングスとして開業したものである。値段は鶴雅本体よりリーズナブルで、利用しやすい。また、鶴雅とつながっているため、温泉も鶴雅本体の方に入りに行くことができる。

阿寒湖はまりもが有名な湖で、冬になると結氷した湖の上で「あいすランド阿寒」が開催されており、我が家も毎年のように遊びに行っている。

 

2.ワカサギ引っかけ釣り

一番楽しみなのがワカサギの引っかけ釣り。行ったら必ず釣っている。

結氷した湖の上で氷を掘って水槽を作りその中に大量のワカサギが放流されている。テントで覆われており、中は暖房もあり真冬でも外ほど寒くなく、釣りをすることができる。

40~50センチくらいの小さな釣り竿はその先にフックのついた針がつけてある。その釣り竿を水槽の中に入れて思いっきり引っ張り、ワカサギを引っかけて釣るのである。これがやめれらなくて毎年来ると真っ先に始めてしまうのである。

今までは子供たちも小さかったので、子供の釣り上げたワカサギを袋に入れたりサポート側に回ることが多く自分の釣りに集中することができなかった。

去年くらいからか子供がだいぶ自分でできるようになり、自分のサポートの必要が減ってきた。やっと自分の釣りに集中することができるようになった。

 

3.ひっかけ釣りのコツ

引っかけ釣りのコツはワカサギが集中しているところを探し出し、密集状態を維持したまま釣り糸を下ろしていく。一番下まで降りたところから一気に引き上げることである。同じところでやっているとだんだんワカサギが逃げていくので、新たにできた密集地で同じように釣り糸を落としていくことである。たまに斜めに引っ張るなど変化を持たせることも重要である。

 

4.釣った後は天ぷらに

釣ったワカサギは持ち帰ることができる。近くの定食屋(らしきもの)に持って行くと天ぷらにしてくれる。料金はグラム数に応じて支払う必要がある。

いつもは天ぷらを持ち帰りして車の中で食べていたが、今回はその後も周りで遊ぶことになっており、そのまま宿泊することになっていたので、そのまま食べることとした。

10分くらいで揚がり塩を振って家族みんなで食べる。

衣はサクサク、中身はしっかり、ワカサギの食感がよく、いくらでも食べられるような気がした。しかし、今回は4人で釣ったせいか量が多く途中で胃がもたれてきた。(この胃もたれが後で大変なことになった。)

 

5.ボッケへ

ワカサギを食べた後は腹ごなしも兼ねて散歩へ行った。

まずは阿寒湖畔エコミュージアムセンターを見学。その後にボッケを見に行く。センターから山の中、雪道を歩くこと5分。それまで地面は見事に雪に覆われていたのだが、所々地面が見えるところが出てきた。柵に囲われた部分があり、その中にボッケと呼ばれる泥火山が見えてくる。

ボッケの周りは雪が無く、湯気が立ちこめている。大部分が泥で覆われている沼が見えポコポコ泥がわき出ている。わき出ている部分の周りは泥の層ができており、積み重なった文様が表れる。なんとも世紀末を思わせる不思議な空間であった。

ほかにも雪に覆われていない地面がむき出しになっているところがある。これは地面が暖かくなっているため、雪が残らないようだ。冬なのにコオロギが生息していた。生息地には囲い柵が設置されており、入れないが近くで耳をそばだてると静寂の中にコオロギの鳴声が聞こえてくる。またまた不思議な空間がそこにあった。

 

6.ついに胃が・・・

その後、ホテルに行き、息子と温泉に入ったり、部屋でまったりしていたが、胃もたれはずっと続いていた。

晩ご飯はバイキング形式で、本当はいっぱい食べたかったのだが、ずっと続いている胃もたれのせいで、セーブ気味となった。食後も調子が悪いままで21時過ぎに子供たちと一緒に寝てしまった。

夜中0時くらい、胃もたれが危険な状態になりトイレへ駆け込んだ。トイレでは上から下から大変なことになり、トイレに立てこもる事態となってしまった。

しばらくして落ち着いて布団に戻るが、しばらくするとまた胃がやばい状態となり、トイレに駆け込む。何度も何度も、同じことを朝まで繰り返すこととなった。

朝ご飯は全く食べられず、本当は娘の部活動を見学する予定だったが、自宅に強制送還となり、療養することになった。

「秒速5センチメートル」(新海誠)

夜中にテレビでやっていたので録画して見た。

この物語は小学校時代からの成長を通してある一組の男女の交わりと交われなかったものを美しい風景・音楽で展開させていく。

最初は小・中学生だろう。都会で2人のつながりが生まれる。

都会・田舎の風景を対比的に描く。都会ではビルの風景として書いたものを田舎では雪とその他何もない風景を描き出し、電車の外観では都会のものは最新車両として明るい外観を、田舎の電車は古く暗く登場させる。更に電車の車内の風景は田舎独特のドアを閉めるボタンを登場させる。

ありふれているけれども、みずみずしい男女のつながりを全面に押し出している。

最後の部分は、主人公のかなり残念な部分が出てしまうが、事前の情報ほど鬱展開ではなく、このような終わり方も良いとは個人的に思う。

というのは世の中は良くあるドラマや映画のようにハッピーエンドで終わることは無く、傷を抱えて生きる人がいると言うこともまた事実だからである。